| はじめまして。岩手県花巻市在住の相馬かおるです。
主人の転勤で花巻に住んで7年です。ここ花巻で私は初めてエアロビクスに出会いました。まだエアロ暦6年です。指導暦は更に短く3年弱です。そのうち1年半は週1回と月1回だけのレッスンでした。本当に若輩者です。私の中では自分はまだインストラクターだと思えなくて、草創塾の方からこのリレーのお話を頂いた時は正直お断りしようと思いました。が、「バリバリのインストラクターでなくても、色々な方がいていいと思いますよ」というお言葉を頂いて、こんな人も指導者にいるんだ、と思ってもらえたらいいかと開き直りました(少し怖いかも・・・)。
私のエアロビクスとの出会いは、下の子供が幼稚園に行きはじめた午前中のわずかな時間に体育館のトレーニングジムに通いだした頃、そこにお勤めの方がエアロビクスのインストラクターをしていらして、「運動が好きならエアロビクスしてみませんか?」と声をかけて下さったことでした。初めてのエアロビクス!ステップタッチをしながら深呼吸もできず、右、左、あれれ・・・で終わった1時間でしたが、なんだかとっても楽しく汗をかけた時間でした。その頃の私にとってはストレス解消だけのものでしたが、そのうちエアロビクスに自分が癒されていることに気づき始めました。私の中で少しエアロビクスに対しての気持ちが変わり始めたのかもしれません。もっともっとエアロビクスをやりたい、知りたいと思い、エアロビクスを勧めていただいたインストラクターの方と横浜フォーラム(指導者の勉強会)に行ったりして(無謀でした)、エアロビクスを満喫していました。この時には私には無理な仕事だなぁと感じていたのですが、こんな時に限って「エアロビクスを勉強したいなら仙台で養成コースが開かれるよ。このタイミングはやった方が良いってことかもしれないょ。養成終わっても絶対インストラクターになる必要はないんだから」と言われ、心が揺らいだのです。結局養成コースに行くことになったのですが、これが運命の分かれ道だったと今にしてみれば思います。
養成に行ってからは後悔の連続です。今もあまり変わってはいないのですが・・・。聖徳太子の様に一度にいろんなことをしなくてはいけない仕事に、超不器用な私は、これ程できない人もいないだろうと思うほどのレベルだったと思います。どうにか卒業できたものの、人前に立つことはないだろうと思っていた私に月1回の高齢者の方の指導の話が舞い込み、私の気持ちとは別に指導することになってしまいました。こんなはずでは・・・と思いながら自分の思っていた道とは別の道を歩き始めることになり、引き返せなくなりました。それからは三歩進んでは三歩下がり、二歩進んでは一歩下がったりの繰り返しで、UP、DOWNの道をヘコヘコと上がったり下がったりしています。今でも不器用さは変わらず、セミナーに行ってもなかなか動きを覚えられず、四苦八苦です。
こんな私も今では週5本のレッスンをしています。全てサークルです。そのうち一本はステップで1年以上の長期代行です。この長期代行はもともとのインストラクターの方の影をひきずりながらやっているような感じで本当に大変です。私は自分らしいレッスンをと思って頑張るのですが、経験が浅くなかなか思うようなレッスンができず、悩んでいました。しかし、昨年3月にステップ13Hセミナーに参加し、「シンプルで楽しくて安全にというステップの基本」を教えていただき、これで私も頑張っていこうという気持ちになりました。今は以前より変な気負いなく楽しくステップのレッスンができるようになりました。こんな私が今の今迄なんとかやってこれたのは養成コースで知り合った同期の方の励ましの言葉やアドバイス、養成を勧めてくれたインストラクターの方、そしてサークルのメンバーの方々の温かい言葉と笑顔があるからだと思っています。
こんなへなちょこで、コケまくりの私のレッスンに毎週足を運んで下さるメンバーさんに本当に頭の下がる思いです。岩手の冬は厳しく、吹雪の日や路面が鏡のようにツルツルに凍った日にいらして頂いた時は感謝の気持ちで一杯になります。胸を張って「私の仕事はエアロビクスインストラクターです」といえる日は遠い先かもしれないけれど、初めて人の前に立ったときの気持ちを忘れずに、初めての方でも安心できて次も来ようかなと思うレッスンを心掛けていきたいと思っています。
大山先生のステップやMCのセミナーで「インストラクターがメインではない、あくまでもメンバーさんがメインです。インストラクターはサポートしてあげるだけなんです。」という言葉がとても心に残っています。そして何よりも大山先生の笑顔・・・そこに言葉はいらないと思いました。私もいつかはそうなりたいと思っています・・・。
|